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長野地方裁判所 昭和37年(ワ)48号 判決 1963年5月08日

判   決

長野市大字南長野新田町一四七四番地

原告

小籠ふさ子

右訴訟代理人弁護士

林百郎

富森啓児

同市同大字同町一四七四番地のロ号

被告

小山和美

右訴訟代理人弁護士

関川寛平

右当事者間の請求異議、建物賃貸借契約確認請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一、被告から原告に対する東京高等裁判所昭和二六年(ネ)第四七九号所有権移転登記請求控訴事件の和解調書中和解条項第二項にもとずく強制執行を許さない。

二、原告が別紙目録記載の建物につき、賃貸人被告、賃料一月金八〇〇〇円毎月末日支払とする期間の定ない賃借権を有することを確認する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、当裁判所が昭和三七年二月一七日本件につきなした強制執行停止決定を認可する。

五、この判決は前項に限り仮に執行することができる。

事実

原告は主文第一ないし第三項同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)及びその敷地である長野市大字南長野字新田並一四七四番の一宅地一八坪九合七勺(以下本件土地という。)はもと亡小山一郎の所有であつたが、原告の亡夫小籠新之助は昭和二〇年頃同人から本件建物を賃料は一月金七〇円の約束で期間の定なく賃借したところ、右一郎は昭和二二年一二月二七日死亡しその子である小山一輝、同宏、同暢、同久美子、同雍子、同俊秀、同和子(以下一輝ほか六名という。)が相続したが、長男一輝が本件建物の所有権を取得して賃貸人の地位を承継し、右新之助が昭和二四年八月一日死亡し原告が相続により賃借権を承継取得した。原告は昭和二四年一一月二九日右一輝からの申出により本件建物及び土地を代金一四万円で同人から買受け即日右代金金額を支払つた。ところが右一輝は本件建物、土地につき所有権移転登記手続をしないので、原告は同年四月二五日一輝ほか六名を被告として長野地方裁判所に前記売買を原因として本件建物及び土地の所有権移転登記手続を求める訴訟(同裁判所昭和二五年(ワ)第六九号、第一九五号)を提起した。右訴訟において被告である一輝ほか六名は、本件建物及び土地は一輝ほか六名が共同相続しているにもかゝわらず、一輝は自分一人が家督相続によつて所有権を取得したと思つてこれを原告に売渡したのであるから、前記売買契約は要素に錯誤があり無効である、と抗弁し、同裁判所は「右抗弁を採用して原告敗訴の判決をなしたので原告は東京高等裁判所に控訴(同裁判所昭和二六年(ネ)第四七九号)したところ、昭和二六年一二月一五日次の条項により訴訟上の和解が成立し、その旨の和解調書が作成された。

一、控訴人(原告)は本件建物、土地が被控訴人(一輝ほか六名。以下同じ。)の所有に属することを確認する。

二、被控訴人等は昭和二六年一二月一五日より改めて本件建物を控訴人に賃料一ケ月金一四五〇円、毎月末日限り管理人小山和美方に持参支払いの約で賃貸し、控訴人はこれを賃借して昭和三六年一二月一四日被控訴人等に明渡すこと。

三、右借賃は借家法第七条の場合には増減の請求ができる。

四、被控訴人等は控訴人が被控訴人等にたいして支払うべき昭和二六年一二月末日までの借賃はこれを免除すること。

五、控訴人は本件建物、土地の売買により損害を張りたることありたりとするもこれが請求をしないこと。

六、被控訴人等は金一四万円を昭和二六年一二月末日までに控訴人に返還すること。

七、本件訴訟費用は当事者各自弁とすること。

右和解をなした当事者の意思は原告と一輝との間の前記売買契約を取消し、もとの賃貸借の状態に復帰させて一切の紛争を解決しようというのであつて、和解条項第二項中「改めて」とあるのは賃貸借の当事者を変更したことを明かにする趣旨である。従つて同項中「昭和三六年一二月一四日に明渡す。」との条項は、文字どおりに解すれば、借家法第一条の二、第二条の規定に反する特約であつて賃借人である原告にとつて不利益であることが明かであり、同法第六条によつて無効であるから、単に賃貸借の期間を定めたものに過ぎないと解さなければならない。ところが前記一輝ほか六名の叔父である被告は昭和二七年八月一四日同人等から本件建物を買受けて本件建物の賃貸人の地位を承継し、原告に対し再三賃料の増額を請求し昭和三三年四月頃以降一月金八〇〇〇円の賃料の支払を受けていたが、昭和三六年一二月二六日長野地方裁判所書記官から前記和解調書につき原告に対する強制執行のため前記一輝ほか六名の承継人として承継執行文の付与を受けた。しかし前述のとおり前記和解条項第二項の「昭和三六年一二月一四日に明渡す。」との条項は借家法第六条により無効であるから執行力はなく、前記賃貸借は昭和三六年一二月一四日期間満了と同時に借家法第二条によつて法定更新されたから、原告は現在本件建物につき賃貸人被告、賃料一月金八〇〇〇円毎月末日支払の約束による期間の定のない賃借権を有するものである。よつて前記和解調書和解条項第二項の執行力の排除及び賃借権の確認を求める。

証拠<省略>

被告は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、本件建物及び本件土地がもと亡小山一郎の所有であり、同人が昭和二〇年頃本件建物を原告の亡夫小籠新之助に原告主張の条件で賃貸したこと、同人が昭和二二年一二月二七日死亡し、その子である小山一輝ほか六名が相続したこと、右新之助が昭和二四年八月一日死亡し原告が相続により賃借権を承継取得したこと、小山一輝が同年一一月二九日原告に本件建物及び土地を代金一四万円で売渡し代金全額の支払を受けたこと、原告が昭和二五年四月二五日一輝ほか六名を被告として長野地方裁判所に原告主張の訴訟を提起し、右訴訟において一輝ほか六名が原告主張のような抗弁をなしたこと、右訴訟につき原告主張の判決があり原告が東京高等裁判所に控訴したところ、昭和二六年一二月一五日原告主張の条項による訴訟上の和解が成立し、その旨の和解調書が作成されたこと、一輝ほか六名の叔父である被告が昭和二七年八月一四日一輝ほか六名から本件建物を買受けて本件建物の賃貸人の地位を承継し、昭和三三年四月頃以降原告から一月金八〇〇〇円の賃料の支払を受けていること、被告が昭和三六年一二月二六日前記和解調書につき原告に対する強制執行のため承継執行文の付与を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件和解条項第二項は賃貸借につき期限附合意解約をなし期限に本件建物を明渡すことを約束したものであつて、借家法第六条に該当しない、と述べ、証拠<省略>

理由

本件建物及び土地がもと亡小山一郎の所有であつたこと、原告の亡夫小籠新之助が昭和二〇年頃同人から本件建物を賃料は一月金七〇円の約束で期間の定なく賃借したこと、右新之助が昭和二四年八月一日死亡し原告が相続により本件建物の賃借権を取得したことは当事者間に争がない。そして右一郎が昭和二二年一二月二七日死亡し小山一輝ほか六名が同人を相続したことは当事者間に争がないところ、長男である一輝が単独で本件建物及び土地の所有権を取得したことを認めるに足りる証拠はないから、本件建物及び土地は右相続により一輝ほか六名の共有となり、一輝ほか六名が本件建物の賃貸人の地位を承継したものといわねばならない。

原告が昭和二四年一一月二九日一輝から本件建物及び土地を代金一四万円で買受け即日代金額を支払つたこと、昭和二五年四月二五日右一輝ほか六名を被告として長野地方裁判所に本件建物及び土地につき所有権移転登記手続請求訴訟を提起したこと、同裁判所が一輝ほか六名の原告主張のような要素の錯誤の抗弁を採用して原告敗訴の判決をなしたこと、原告が東京高等裁判所に控訴したところ(同裁判所昭和二六年(ネ)第四七九号所有権移転登記請求控訴事件)、昭和二六年一二月二五日原告主張の条項により訴訟上の和解が成立し、その旨の和解調書が作成されたことは当事者間に争がない。

原告は右和解条項中「控訴人(原告)はこれを賃借して昭和三六年一二月一四日被控訴人等(前記一輝ほか六名)に明渡すことと」の条項(第二項)は借家法第一条の二、第二条の規定に反する特約であるから同法第六条により無効である、と主張し、被告は右は期限附合意解除をなし期限に明渡すことを約したものであるから借家法第六条に該当しない、と主張するので以下この点について判断する。本件和解調書の記載によれば右和解条項の趣旨は、被告主張のとおり当事者間において本件建物の賃貸借(従前からの継続中の賃貸借であるか、本件和解によつて新たに成立した賃貸借であるかはしばらくおく。)につき期限附合意解除をなし賃借人である原告において期限に明渡すことを約した趣旨であると解するのが相当であつて、これに反する証人<省略>の証言は信用できず、他に右解釈を左右するに足りる証拠はない。しかし建物賃貸借の期限附合意解除が如何なる場合にも有効で借家法第六条に該当しないと解すべきか否かは更に慎重に検討しなければならない。なるほど当事者が合意によつて建物の賃貸借契約を解除することは借家法の規定に違反するものでないことはいうまでもないから、その合意解除の効力発生を期限の到来にかゝらしめることもまた自由であるかのように考えられる(最高裁判所昭和二八年五月七日判決、昭和三一年一〇月九日判決、昭和二七年一二月二五日判決参照。)。しかし期限附合意解除の場合は合意成立の時から期限までの間なお賃貸借が継続するのであつて、期限附合意解除はこの賃貸借につき借家法第一条の二、第二条の適用を排除し、その限りにおいて賃借人に不利益な合意であることは明かであり、借家法第六条は経済的弱者である建物賃借人を保護するため右のような「特約」を法律上なされなかつたものとみなす規定であるから、賃借人が期限に明渡すことに同意していることの一事をもつて期限附合意解除が同条に該当しないということはできない。このことは賃貸借契約と同時に(或は僅少の時日の後に)期限附合意解除をなした場合はこれによつて借家法第一条の二、第二条の規定が潜脱されることが明かであるから、たとえ賃借人が期限に明渡すことに同意していたとしてもなお同法第六条により期限附合意解除の効力を否定すべきことに照らし明かであろう。もつとも継続中の賃貸借につき(多くは明渡義務の存否につき当事者間に紛争を生じた後に)期限附合意解除がなされた場合は原則としてその効力を認めるべきであるが、その根拠は賃借人が期限に明渡すことに同意していることではなく、合意成立後の賃貸借が借家法第八条の一時使用のための賃貸借であることに求めるべきである。そうだとすれば期限附合意解除は、合意成立後明渡期限までの間の賃貸借が明渡猶予期間の実質を有し、借家法第八条の一時使用のための賃貸借と認められる場合に限り同法第六条に該当しないものと解さねばならない。(前掲各最高裁判所判例の事案はいずれも合意成立後の賃貸借が右のような一時使用のため賃貸借と認められる場合であるから、右各判例の趣旨も上記と同趣旨に帰するものと解すべきであろう。)

そこで次に本件和解成立後の賃貸借が一時使用のための賃貸借であるかどうかについて検討する。<証拠―省略>並びに前記当事者間に争のない事実によれば、前記小山一輝は従前から東京都に在住していたが、父一郎の死後、長野市に移住し本件建物において何か商売をはじめようと考え、同人等の叔父で本件建物の東隣の建物に居住し本件建物の管理に当つていた被告に依頼して昭和二四年六月一七日頃、原告の亡夫小籠新之助に対し本件建物の解約申入をなし明渡の交渉をしたが、その後当初の考えを変更して本件建物をその敷地と共に原告に買受けてもらうことにし、亡夫新之助の死亡後本件建物に居住し喫茶店を営んでいた原告に対し同年九月頃から被告には無断で直接交渉し、前叙のとおり同年一一月二九日本件建物及び土地を原告に売渡したものであること、その後原告と一輝ほか六名との間で右売買契約の効力及び本件建物及び土地の所有権の帰属について紛争が生じ、原告から一輝ほか六名を被告として前記訴訟が提起され、右訴訟が控訴審に係属中本件和解が成立するに至つたことは前叙のとおりであるが、原告が前記売買当時本件建物につき前叙のような賃借権を有していたことは一輝ほか六名もこれを争わず、原告の本件建物明渡義務の存否については当事者間に紛争はなかつたこと(もつとも成立に争のない甲第六号証、第七号証の一には前記売買成立後も一輝から原告に対し本件建物の使用継続に異議を述べ、明渡の調停を申立てた旨の記載があるが、証人小山一輝の証言及び被告本人尋問の結果によれば、右はいずれも売買成立の事実を知らなかつた被告が一輝名義で作成した書面であることが認められるので、右は前記認定を妨げるものではない。)、以上の経緯であつたので本件和解に当つての当事者の意図は、右売買を無効とし一輝ほか六名から売買代金一四万円を原告に返還することを主眼とし、これに附随して右売買が無効であれば当然当事者間に存続すべき前叙の賃貸借につき、当事者、賃料、期間を明確にするにあつたこと、そして双方の訴訟代理人間において、賃料については、昭和二六年一二月末日までの賃料支払義務を免除した上、従前の賃料一月金三〇〇円を一月金一四五〇円(毎月末日支払)に改めると共にその後の物価の変動に伴つてこれを増減し得ることに合意が成立し、期間については、当初原告の訴訟代理人は一五年間を、一輝ほか六名の訴訟代理人は三年間を主張したが、種々接衝の末一〇年後には明渡すということで妥協が成立したので、前叙のとおり一〇年後の昭和三六年一二月一四日を期限として賃貸借の期限附合意解除をなしたものであつて、当時一輝ほか六名としては一〇年後に明渡を受けて自ら本件建物を使用する意思はなく(このことは後述のとおり一輝ほか六名が本件和解成立の日の約八月後に本件建物を被告に売渡した事実に照らしても容易に推認し得るところである。)、原告としても一〇年以内に移転先を見つけて本件建物を明渡すべき見とおしも意図もなかつたことが認められ、<中略>他に右認定を動かすに足りる証拠はない。以上認定の事実によれば、本件和解成立後の賃貸借は明渡猶予期間の実質を有せず、借家法第八条の一時使用のための賃貸借に該当しないことが明かである。

そうだとすれば、本件和解調書和解条項第二項に相当する本件和解当事者間の合意のうち「昭和三六年一二月一四日明渡す。」との部分は、借家法第六条の規定により法律上はこれをなさなかつたものとみなされるから、本件和解調書中の「昭和三六年一二月一四日明渡すこと。」との記載は債務名義としての効力を生ぜず、執行力を有しないものといわねばならない。そして被告が昭和三六年一二月二六日一輝ほか六名の承継人として本件和解調書につき承継執行文の附与を受けたことは当事者間に争がないから、被告から原告に対する右和解調書和解条項第二項の執行力の排除を求める原告の請求は正当として認容すべきである。

本件和解条項第二項中「昭和三六年一二月一四日明渡す。」との合意は法律上なされなかつたものとみなすべきことは前叙のとおりであるが、前認定の本件和解成立に至つた経緯に照らし、右合意は賃貸借の期間を昭和三六年一二月一四日までと定めた限度においては法律上有効であると解すべきである。そして被告が昭和二七年八月一四日一輝ほか六名から本件建物を買受け本件賃貸借の賃貸人の地位を承継したこと、本件賃貸借の賃料が昭和三三年四月以降一月金八〇〇〇円に改定されたことは当事者に争がなく、被告が借家法第一条の二、第二条により右期間満了前六月ないし一年内に原告に対し正当事由にもとずき更新拒絶の通知をなしたことの主張のない本件においては、本件賃貸借は昭和三六年一二月一四日期間満了と同時に法定更新され、原告は現在本件建物につき賃貸人被告、賃料一月金八〇〇〇円毎月末日支払とする期間の定のない賃借権を有することが明かである。そうだとすれば被告が右賃借権を争うことは弁論の全趣旨から明かであるから、右賃借権の確認を求める原告の請求も正当として認容すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、強制執行停止決定の認可、仮執行の宣言につき同法第五四八条を適用して主文のとおり判決する。

長野地方裁判所民事部

裁判官 滝 川 叡 一

目 録(省略)

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